エッセイ


・数理科学専門部会 部会長メッセージ

 

「リテラシー」という言葉は、元来「読み書き能力」を意味するが,「科学リテラシー」においては,内容の文化的な理解を含み、「科学的素養」と訳す方がぴったりする。しかし「数学リテラシー」という場合、これは二つの意味を共に含んでいる。
すなわち、数学は自然科学の一部門であり、また私達は数や図形などの数学的知識を日常で用いている。ここで必要とされる「数学リテラシー」は後者の意味である。
同時に数学は「科学の言葉」として、自然科学あるいは社会科学、そして最近は人文科学においてさえも広く用いられ、これら諸科学を支えている。ここでは本来の「読み書き能力」の意味のリテラシーに近い。
本報告では、こうした観点に立って、数学はどんな豊かな世界か、数学を用いるとどんな広い世界が開けてくるかを明らかにしようと努めた。
残念なことに、数学は抽象的な定理や公式の集まりで、それを問題に当てはめて解けるようになることが数学の勉強だと思っている人々が多い。実は数学の世界は、もっと具体的に私達の身の回りにあり、しかもとても豊かな世界を持っている。数学の重要な公式は優れた俳句のようなものである。名句は、その表面的意味だけならば何の変哲もないのに、実は一つの宇宙を形作っている。数学の公式もそれを形式的に当てはめて解くだけならばつまらない。しかしその公式が様々の(数学そして学問の)世界につながっているから素晴らしいのである。
すべての日本人がこうした数学の言葉の美しさとその言葉を用いて描かれる科学の世界の豊かさを理解してほしいものと切に望んでいる。

 

・物質科学専門部会 部会長メッセージ

 

私たちは物質世界に生きている。産着に始まり墓石に至る身の回りのものだけではない。人間である私たちの身体もすべて物質から成り立っている。物質科学専門部会は、この物質について何が分かっており、成人は何を知っていることが望ましいかについて議論を進め、次の四つの視点から報告書をまとめた。
1)物質はエネルギーの担い手であり、エネルギーの授受により様々に変化をする。これによって地球規模での物質循環が営まれ、この理解が地球環境の持続性にとって不可欠である。
2)物質の根源はわずか100種類ばかりの元素である。原子の細部から宇宙に至るまでに物質構造には様々な階層があり、またそれらを束ねる相互作用(力)も同様に階層的である。
3)物質に人の利用意図が反映されるとき材料と呼ばれる。材料として重要なのは物質の性質であり、その性質がより優れていることである。優れた材料とは、その性質が利用目的に合致し、かつ地球環境の持続可能性を損なわない物である。
4)物質は他の物質からエネルギーの授受を行うだけでなく、「場」と相互作用する。
本プロジェクト「21世紀を豊かに生きるための科学技術の智」で言う豊かさとは何であろうか。「物が豊富で、心の満ち足りているさま、及び経済的に不足のないさま。富裕であること」と定義される。
大量生産・大量消費で産業が膨張を続け、都市化が進み、貯蓄が増え、寿命が延びたバブル期まではそうであったかも知れない。市民は科学及び技術の発展とその生み出すものを当然のように享受してきた。携帯電話とその高機能化はこの延長線上にあり、これらがどのように働いているか、成人の関心をひくには至っていなかった。それがここにきて、21世紀はこれまでのような豊かさは二度と訪れないのではなかろうかという懸念を抱き始めている。特にわが国は材料及びエネルギー資源に乏しく、しかもそれらに対してグローバルな争奪戦が始まっており、また水飢饉が叫ばれている。わが国は食料の60%超を輸入に頼っており、その安全性に不安が生じ、健康が脅かされていると危惧している。地球温暖化が人為起源の二酸化炭素によって進行している可能性が高いことが示され、安心な心の状態を保つには、科学と技術の進歩が必要なことがようやく認識されるようになってきている。内閣府による「科学技術と社会に関する世論調査」では、4年前と比べて「社会の新たな問題は科学技術によって解決される」が30%ポイント近く上昇し、「科学者や技術者の話を聞いてみたい」も10%ポイント上昇して、サイエンス・カフェなど科学者、技術者が市民に語りかける機会に追い風が吹き始めた感を強くしている。

 

・宇宙・地球・環境科学専門部会 部会長メッセージ

 

一般人が常識として知る科学用語のうちおよそ半数は宇宙と地球に関るものではないだろうか。宇宙は誰にも人間を越える大きな世界の存在を感じさせ、疑問を持たせる。古くから人類は天体現象に興味を持ち、宇宙観を築こうとしてきた。また、地球は人間が生きる場である。身辺に起きる様々な自然現象は身近な謎であるばかりでなく、生活に直接に影響する。人類は地球の謎に挑戦するだけでなく、自然現象の予報を志して規則性や他の現象との相関関係を求めてきた。さらに人間の存在が地球環境に深刻な影響を与えることも認識されてきた。
宇宙・地球・環境についてのリテラシーは、事物や事象の記述にとどまるものであってはならない。それは既に共有されているといってよいからである。われわれが目指すべきものは、自然界の構造・現象の背後にあるメカニズムや宇宙・地球の歴史についての理解というレベルでのリテラシーである。
さらに、どのようにしてそのように理解できるのか、どうして正しい理解と言えるのだろうか、という所まで踏み込みこむことを目指したい。自然現象の理解の基礎には系統的な観測や基本的な法則がある。誰しも持つ素朴な疑問に答えるためにも科学的な手法を用いることが必要である。これは反面、疑似科学の蔓延を防止する努力でもある。
宇宙・地球・環境部会では、この認識に基づき、文科系に進む高校生程度を対象として想定し、単なる事実の羅列ではなく、その科学的な理解の浸透を目指す。地球上の身近な自然現象、および心を惹く宇宙の構造・現象の理解を通して、専門家ではない一般人も科学的なものの見方を身につけ、科学的な考え方の面白さを味わって欲しいと思う。